2015年2月11日

城山砦と鎧展に行ってきました ~伊澤昭二コレクションを中心に~

狭山市立博物館は、「埼玉県のお茶香る町」狭山市の「県営狭山稲荷山公園」の中にあります。

西武池袋線稲荷山公園駅のすぐそばにあって、普段は常設展示で狭山の太古から近現代までの歴史的資料を展示している、いわば「郷土資料館」的な施設です。

で、常設展示のほかに年に2~3回企画展を開催していて、これまでは恐竜だったり鉄道だったり文明開化だったりと、戦国時代とか「城」に関連したような企画展は見当たらなかったのですが・・・






今年に入ってからTwitterのTLに流れてきたツイで、11/29~3/1の冬季企画展として「城山砦と鎧展」というのが開催されていて、特に鎧の展示がなかなか充実していてよかった♪というのを見かけまして。

これは行ってみようかな~と思いつつ、自宅から近く(隣町)だし、いつでも行けると思って行くのを延ばし延ばしにしていたのですが、やっと買い物ついでに行ってみることにしました(^o^;)

で、車をとばして40分ほど。企画展・常設展示共用で150円の入館料を払って展示室の中に入りますと、まず一階では城山砦の展示。

そして2階の企画展示室に城山砦の展示と、お目当ての「なかなか充実していた」という「鎧展」の展示があります♪

城山砦の展示については、「お城ネタ」なのでワタシのもうひとつのブログ(natchdesの城攻め備忘録)の方に記事をあげるとしまして・・・




まず、胴の前面にでかでかと三鱗紋が朱漆で描かれている具足を見つけて、いきなりテンションあがった~!

いや、三鱗紋が単純なせいなのか、それとも小田原北条氏ってあまりかっこいいってイメージがないからなのか、悲しいことに小田原北条氏関連のグッズってどこに行ってもほとんど見かけないし、展示ってあまり見かけないもんで・・・

この、うれしいほどデカデカと三鱗紋を描いてくれている仏胴は「和紙製黒漆塗二枚仏胴」といいまして、小田原北条氏家中で使われていたもののようです。

・・・あ、写真については、展示室内に「写真撮影禁止」の張り紙がなかったので、あれ?と思って念のため博物館の職員さんに声をかけまして、撮影とブログ掲載について「商業目的でなければOK」の了承を得てます~!

ちなみに常設展示の方には「撮影禁止」の張り紙があります。一般的には制限が厳しい企画展の方がここでは制限が緩いのは、図録がないからなんでしょうかね~☆



この「鎧展」に展示されている具足等は、狭山市在住で甲冑の収集・研究をされている伊澤昭二氏が所有しているものだそうで、今までも全国各地で公開されているようです。

今回の企画展では、パンフレット等では城山砦(柏原城)が主で、この伊澤氏コレクションは「戦国時代の合戦の様に思いをはせていただきます」とさらっと触れているだけで、どうにも「城山砦」展示とリンクがされていないのが、なんともとってつけたようで変な感じです。

「城山砦」は俗に「河越夜戦」と呼ばれている、天文15年(1546年)の北条氏康軍と山内北条憲政・扇谷上杉朝定・足利晴氏の3者連合軍による河越城争奪戦の際に、上杉憲政が陣を敷いたといわれています。

実際に展示されているのは結構小田原北条氏関連のものもあったりしたので、もっと双方をリンクしたような展示にすると、北条好きはもっと妄想を掻きたてられてよだれがダラダラ・・・なのにな~☆


たとえばこれは、伝・伊勢新九郎長氏(北条早雲)所用の黒漆塗軍配(写し)。

伊豆木負(静岡県沼津市)の飴玉白珠比咩命神社に伝わるものの写しですが、竹製の柄に練り皮を6枚合わせて麻布を張って黒漆で仕上げられた、とてもシンプルかつコンパクトな軍配で、早雲おじいちゃまはとても質素だったんだろうな~と妄想がむくむく・・・なお品です。

この造り方は、次の伝・北条氏康どの所用の黒漆塗日月軍配と同じです。

ただし、氏康どのの軍配はもうちょっとだけ羽が大きくて、片面に日輪、もう片面に月輪を金箔で大きく押してあって、派手やかな印象。






隣には同じく氏康どの所用の鉄地黒漆塗十二間筋兜。
吹返の据紋や鉢付鋲に北条家定紋の三鱗紋がついてる~!!ワクワクw(☆o☆)w

お次は、天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原攻めの際に、支城の鉢形城や八王子城の兵士(在地小土豪)たちが着料して戦ったという、関東五枚胴です。

ただし、現存しているものは極めて少なくて、たった3領しかないとのこと。

展示されているものは、胸板が広く腰がきゅっと締まったちょっとマッチョ系のスタイルの胴に、赤漆塗りの皺皮がとても美しい草摺がついています。





そして、河内狭山藩北条氏3代目氏信の頃に作られたと考えられている、鉄地黒漆塗五枚胴。
関東五枚胴よりも時代が下がっているせいか、胴の形もすいぶん変わってずんぐりむっくりな印象です(^o^;)

そして、よくよく見ると前側に鉄砲の試し撃ちの跡が2ヶ所、ぺこぺこっと凹んでるし・・・☆


また、小田原北条氏関連以外にも、意外な?甲冑が展示されていました。





伝・森蘭丸所用の金箔押色々縅伊予札胴丸具足と網代製軍配団扇。
近江の豪商伴伝兵衛家に代々伝えられたもので、具足櫃の正面や軍配の箱書きに「森蘭丸公御召」の旨記載がある・・・のですが。

一般的には「森蘭丸」として知られていますが、「信長公記」では「森乱」、その他の文献でも「森乱法師」「森乱成利」とされているようなので、この具足と軍配について実際にはどうなのか、よくわかりません☆


その他にも伝・上杉景勝所用の鉄地黒漆塗縦矧二枚胴具足(座り方がカワイイ!)や、武田信玄・勝頼2代に仕えて武田の赤備えとして勇名を馳せた小幡信貞所用と伝えられる黒漆塗二枚仏胴具足とか。。。





秀吉の小田原攻めの時に用いられたという九鬼水軍の「あら波」の旗印(伝・九鬼嘉隆)があったのには、かなりびっくり!


他にも伝・小幡信貞所用の軍配や赤羅紗の陣羽織、伝・稲葉貞通所用の筋兜、伝・豊臣秀吉所用の背中にどどーんと桐紋が描かれた白羅紗の陣羽織なんかが展示されています。

また、いろいろな合印の足軽具足がところ狭しと並べられていて、なかなかににぎやかです。

企画展の展示室はたった1部屋だけなのですが、ぎゅぎゅっと濃縮された展示で、しかも他のお客は全くなくてほぼ貸しきり状態。

ゆ~ったりとま~ったりと時間を忘れて展示にへばりついておりました。

本当に小田原北条氏好き、甲冑好きには堪えられない展示でしたね~!

企画展展示期間終了の3/3までまだあと1ヶ月。また来れるかな?