2014年8月24日

大内宿と塔のへつり ~会津旅行1日目~

毎年恒例になっている夏の家族旅行、今年は3日間の行程で会津方面へ。

とはいっても、家族旅行はじいちゃんの趣味の写真撮影がメインなので、いつもの歴史・城めぐりとは趣が違ってしまうのが常なのですが、プラン段階でいかにさりげな~く行程の中に自分の行きたいところを紛れ込ませるかが勝負(笑)


さて1日目は朝から東北自動車道をとばして福島方面へ。
途中の佐野SAでは、入り口でミストシャワーのサービスをしてるほどの暑さ。

なのに、白川ICで高速を降りて、南会津方面に国道289号線を走って阿武隈川を遡り、栃木県と福島県県境の甲子山の下を通る全長4345mの甲子トンネルを抜けるとそこは・・・




大雨。

それも、お昼を食べようと立ち寄った「道の駅しもごう」の、駐車場から建物まで行くのに車から一歩も出れないほどの「豪雨」☆

小やみになった隙を狙ってなんとか建物に飛び込んだものの、今度は車に戻れない・・・(^^;)

しかたないのでスイーツ三昧しながら雨宿りすることにして、南会津郡下郷町の牧場産の牛乳を使った特製プリンと・・・



南会津名物?の天ぷら饅頭~!うまうま~♪

そうこうするうちに雨もあがってきたので、ふたたび車に乗り込んで289号を走っていくと、会津鉄道会津下郷駅の近くでぶつかったのが阿賀川。

阿賀川は福島県と栃木県の県境あたりから流れだし、南会津から会津若松を通って新潟に入り、阿賀野川と名前を変えて日本海に流れ込む一級河川です。

その阿賀川にある名所、「塔のへつり」。

「へつり」というのは会津の方言で、川に迫った険しい断崖のことをいうのだそうです。




長年の歳月による川の浸食と風化により岩の軟らかいところが削られて、全長200mにわたって奇岩が立ち並んでいます。

奇岩のひとつひとつにはそれぞれ「塔」になぞらえた名前(九輪塔とか獅子塔とか・・・)がついているのですが、ぱっと見よくわかりません(^^;)




岩の下方にある窪みが遊歩道になっていて、ぎしぎし揺れる吊り橋を岩側に渡って歩くことができます。

横に伸びる浸食(=遊歩道)の中に小さく人が写ってますが、いかに浸食が大きいモノなのかというのがわかりますね~☆




この「塔のへつり」のある阿賀川に沿って通っているのが、下野街道(会津側の呼称。関東側の呼称は会津西街道)です。

江戸時代に会津藩主保科正之によって整備された、会津若松から日光市の今市までの全長130kmに及ぶ街道で、今市で日光街道に合流して江戸まで至るので、会津藩、新発田藩、村上藩、庄内藩、米沢藩などの参勤交代や、江戸と会津以北を結ぶ重要な物流路でした。

現在では国道121号線に取って代わっていますが、下野街道の宿場町のひとつであった大内宿には往時の宿場町の建物や町並みが残されています。

・・・というわけで、この日のメインイベント(自分的)の、大内宿~♪




大内宿は寛永20年(1643年)頃に下野街道(会津西街道)の宿場として開かれて、本陣や脇本陣も設置されるなど、南会津の山中にある盆地内を通る往還に沿って全長約450mの両側に、整然とした町並みが作られました。

慶応4年(1868年)の会津戦争(戊辰戦争)で、大内宿からほど近い大内峠も激戦地となりましたが、大内宿は戦禍を逃れて現在も30軒以上の茅葺き屋根の民家が並んでいます。





現在の大内宿は、道の両側に商家がぎっしりと並んでいる中山道の宿場とは違って、緩やかな坂道の両側にわりと大きめの商家や農家がゆったりと並んでいる印象です。





宿の真ん中を通る街道に沿って家々の前に流れている用水が現在でも使われているようで、昔ながらの雰囲気が伝わってきます。






「重要伝統的建造物群保存地区」ということで、観光地化もされているせいか、大抵の建物では野菜や食べ物などが売られていたり、蕎麦屋や喫茶店になっていたり・・・

のぞいてみると、ここでも天ぷら饅頭を売っています。他には、そばがきだんごにべったら餅に「しんごろう(串についた半つきご飯に甘辛じゅうねん味噌がぬられている)」・・・、それに岩魚の塩焼きなども♪

そして、大内宿の名物は高遠そば!お箸の代わりに長ネギでいただくそうです(笑)

帰り道にいろいろ買って食べ歩こう~と思いながら、大内宿の一番奥(会津若松寄り)まで緩やかに登って来ると、宿の中ではまっすぐに伸びていた道がいきなり鍵の手というかT字に曲がっていて、宿にまっすぐには入れないようになっています☆




鍵の手のそばには、斜面を上る急な石段。登り切ったところにある子安観音は、鍵の手の守りにあたれるとともに、大内宿の全体を見渡せます。







鍵の手というかT字になっている宿の出入り口は、いつ頃のものかはわかりませんが石垣様に石が積まれています。

以前、中山道の奈良井宿でも宿の虎口に石垣を詰んだり、鍵の手を作ったり、宿を見渡せる位置に神社を置いたりしていたので、こういった宿場町というのはある程度の「守り」が考えられた造りにになっているんだなぁ~と思ったりして。。。

宿場を出て、さらに会津若松方面に少し歩いてみると、道に沿って古い石仏や石碑が立ち並んでいるのも、なんとなく旅愁をかきたてますね☆





茅葺き屋根のそばに生えているのは、屋根のもとのカヤ~!

やっぱり、街道とか宿場って、こんなところでも私の「道好き」ゴコロをくすぐってくれます。
ウズウズ、わくわく♪♪




・・・と、宿の一番奥からもと来た方向に戻り始めたところで、どしゃぶりの雨、復活!

買い食いしてそぞろ歩きどころか、一気に足元が悪くなった上に傘が邪魔で写真が上手く撮れなくて嫌気のさしちゃったうちのじいちゃんに、しっかり急かされてしまって、どこのお店にも寄れずに車に直行(ToT)

ゆっくりできなかったのは残念!だったけど、なかなかよい宿場町でした。
またいつか今回食べそびれたネギがお箸の高遠そば食べに来たいです!




ということで、雨に追い立てられながらこの日の宿泊地、湯野上温泉へ。

ゆーっくり温泉で暖まって、美味しいごちそうに舌鼓を打って・・・鋭気を養ったら、次の日は会津若松に入ります♪

というわけで、旅は2日目に続きます。 → 続きはこちら!