「ひな咲くまち」とサブタイトルをつけて行われている「飯能ひな飾り展」です。
かつて絹織物産業や木材流通で栄えた飯能の中心街にある店蔵「絹甚」をメイン会場に、市内の銀行や商店、飲食店等137ヶ所の店頭などで、家々で大事にしまわれていたお雛さまをご披露しています。
このイベントについては以前にもブログに書いたことがあったんですが、久しぶりに来て見たらますます盛大になってるみたい。
店蔵「絹甚」の前に行ってみると、なるほど格子戸の外にまで吊るし飾りがいっぱい!
この吊るし飾り、地元のボランティアさんが手作りなんだそうです。
そして、お雛さま見学の団体さんと案内のボランティアさんで、店蔵の中もいっぱい(笑)
店蔵というのは「見世蔵」ともいう土蔵造りの店舗・住居のことで、川越の蔵作りが有名ですが飯能市内にもぽつんぽつんと残っています。
この「絹甚」はそうした店蔵の中でも相当贅沢な造りなのだそうです。
小ぶりな店かなと思うんですが、土蔵造りの2階建てで、切妻屋根の瓦葺きの箱棟には青海波の模様が組まれていて、外壁は最上級仕上げの黒漆喰、両袖には「うだつ」があがっています☆
さて、その「絹甚」の格子戸の中に入ってみると・・・
この「絹甚」は格子戸を入ると中庭に抜ける「通り土間」になっているんですが、その両側にお雛さまがいっぱい!
この御殿雛は元市長さんのおうちに伝わるもので、実に45年ぶりにお出ましなのだそうです。
ものすごく豪華な御殿の中からお雛様は何を眺めてらっしゃるんでしょうね・・・
「中山の殿様」というのは、飯能に本拠を置き北条氏照の家臣として八王子城で奮戦した中山家範の息子、水戸藩付家老ののち常陸松岡藩主となった中山信吉の子孫のことのようです。
案内板には「水戸徳川家家老の中山氏の江戸屋敷に使えていて中山家から拝領した」ように書かれていたのですが、家老であった中山信吉がなくなったのは寛永19年(1642年)で、「享保雛」の享保年間は1716年~1736年・・・
年代が合いませんよ~(笑)
それはともかくとして、男雛の両袖を張ったデザイン、女雛の袴の綿を入れて膨らませたボリューム感、そしてなによりも現代のお雛様とは違う面長の品のよい顔立ち。
いかにも享保雛らしいお雛様です。
ピアノのレッスンがあったので今回は店蔵「絹甚」しか見れませんでしたが、町中にお雛さまがあふれています。
今年の開催期間は2月18日から3月9日だそうです。
まだあと1回土日がありますので、ぜひぜひおいでませ飯能☆